8.疝痛
1994年7月
僕は夏が嫌いだ。馬ってのは大体寒さには強いけど、暑さには弱いんだよ。真夏になると厩舎にはでっかい扇風機なんかを置いてくれるんだけど、やっぱり暑い。乗馬クラブでも、昼12:00から15:00まではお休み時間で練習は無い。
自分の馬を持っている自馬オーナーには、この時、馬場に人が少ないので馬に乗る人がいるけど、あれやめて欲しいな。僕のオーナーさんも、そこんとこの自覚が無くて、時々昼間に運動する。もっとも、僕が直ぐ大汗かいて、へばるので、直ぐに終わるけどね。その後は、水を全身に掛けてくれる。これがまた、気持ちいいんだわ。
早く、夏が過ぎないかなあ。
1994年9月
僕のオーナーさんSSさん、SKさんは、この5月にカナザワに転勤したOKさんのところに遊びに行ったんだよ。僕を置いて...カナザワでは海岸を馬で走る「外乗」ができるそうだ。外乗とは、乗馬クラブの外に出て乗馬をすることなんだよ。海岸とか、山の中とか、草原とかを駈け回るんだ。
金沢の乗馬クラブは直ぐそばに、羽咋海岸という普通の自動車でも走ることのできる、”なぎさドライブウエイ”という海岸があるらしい。そこを馬に乗って走るんだ。気持ちいいらしいよ。SSさんも、SKさんも初めての外乗で、ちょっと恐かったらしいけど、あまりの気持ちよさに2日間で3回も乗ったそうだよ。
”なぎさドライブウエイ”は、一般の人たちも使う海岸だから、人々の好奇の目にさらされたけど、だんだん慣れてくると、まるでスターになったような気分だったと言っていたよ。いいなあ、僕もクラブの狭い馬場ばかりでなく、広い草原を走り回りたいよ。北海道の新井昭二さんの牧場を思い出しちゃった。
これに味を占めたオーナーさん、10月にもまた行くんだって。好きだなあ。僕のことほっておいて自分ばかり、いい目を見ているよ。くそぉ...こんど噛み付いてやる!
1994年12月
今日は昼間、運動したあと、食欲がない。なんだかお腹が苦しくて、馬房のなかでじっとしていたら、丁度来ていたSSさんが、僕の様子を見ておかしいと思ったのか、指導員のYY君を呼びに行ってくれた。YY君は僕のお腹を触ったり、耳を着けて調べてた。直ぐに、所長さんも来てくれて、やはりお腹を触ったり、耳をあてたり。
直ぐに馬房から出されて洗い場に、繋がれた。何をするのかと思ったら、僕の嫌いな注射器と、水が入ったでっかいビニール袋を持ってきたよ。所長さんが注射器とビニール袋をつないで、僕の首に注射器を差した。水が少しずつ減っていく。どうやら僕の体の中に入ってくるようだ。何してるんだろう? 側には、心配そうなSSさんと、SKさん。僕も何をされているのか、さっぱり分からない。
袋の中の水が無くなったところで、所長さんが、「はい、オーケー。後は、引き運動をするように」。SKさんが僕を連れて、30分くらい引き運動をしてくれたら、お腹の具合も良くなった。
SSさん「マヨちゃん。あなた疝痛だって。でも、軽いそうだから、よかったわ。もう大丈夫。一時は、死んじゃうんじゃないかと私は気がきではなかったけど、もう大丈夫みたいね。ほら、もう食欲が出てきたの?でも、今晩、一晩はカイバ抜きよ。可哀相だけど...」
えーっ!食事抜き!?へなへな〜〜
−訳者注:この日、マイヨジョーヌが罹ったのは疝痛(せんつう)です。疝痛とは特に馬に多いのが特徴で、内科的に馬がかかる病気の半数を占めているとも言われています。馬はその体の割に内臓が小さく、腸も詰まりやすい構造なんだそうです。要因としては、便秘や、腸にガスがたまったり、刺激物で腸が痙攣したりして起こるそうです。人間で言えば、腸閉塞にあたるのでしょうか。原因は食事の食べ過ぎ、寒暖の変化、などいろいろあって、数え切れないくらいです。でも、内臓に痛みを伴うようで、ひどいときは馬房の中で立ったり座ったり、ひっくり返ったりします。今回のように、点滴を打ったり、藁などでお腹をこすってやったりします。幸い、
マイヨジョーヌの疝痛は軽いものでしたので、その後習慣になったり、繰り返すことは有りませんでした。クラブの所長さんも、「マイヨジョーヌは今回が初めての疝痛だけど、少々の痛みなら気力で直すくらい元気だよ」と太鼓判を押してくれています。事実、それ以後、私の知る限り疝痛を起こしてはいません。丈夫な馬です。